寺院消滅~神仏分離令と農地改革が元凶

日本の仏教寺院が衰退した本当の理由は国の政策・制度が原因

何気なく、こういう記事を目にしました。

「日本の伝統文化が…」急速に進む仏教離れ、消えゆく寺院に海外から惜しむ声
http://newsphere.jp/national/20151206-1/

近年の仏教寺院衰退のことですね。平成に入る前から寺院は衰退傾向です。で、最近は、これに拍車がかかっています。

記事では「地域コミュニティーの崩壊が主要因」とありますが、これが主要因ではありません。ええ、日本の仏教寺院衰退の本当の理由は、国の政策、方針、制度にあります。

そんな、コミュニティーとか、意欲とか、仏教が時代に合わなくなっているなんていうのは、二の次です。「国策」が崩壊を進めているわけですね。

日本の仏教を衰退させた2つの国策

では、寺院を崩壊させる国策や制度とは何か?2つあります。

一つは、明治の頃に発布された「神仏分離令」

もう一つは、戦後、GHQによって進められた「農地改革」

この2つですね。

興味深いことに、どちらも外国勢が関わっていることですね。明治の頃は、国際金融資本とか国際銀行家といった、中央銀行が関わっています。戦後はGHQですが、その背後にはやはり国際金融資本がいるといいますね。

明治の政策「神仏分離令」

で、明治に発布された「神仏分離令」。これは文字通り、神道と仏教を分離した国家の方針です。

昔の日本では、「神仏習合」といって、寺院でも神さまを祀っていたものです。こういうものは全国各地、津々浦々まで浸透しておったものです。

それが、「神仏分離令」によって、神社と寺院を明確に分けることに。で、神道は国家宗教ですので、仏教は大弾圧を受けます。それが「廃仏毀釈」というものですね。

「神仏分離令」によって生じた「廃仏毀釈」によって仏教寺院や施設が破壊されてしまったものです。

戦後GHQによる「農地改革」

そして、大東亜戦争が終了した戦後。GHQの方針で農地改革を断行。

農地改革とは、地主制度を廃するものです。で、寺院は地主だったわけですね。

広大な田畑を有して、そこで作物を作る小作人の支えがあって、寺院は成り立っていた。つまり、寺院の経済的基盤が小作農だったわけです。

精神的な研鑽には経済的余裕が必要

このように明治の神仏分離令と戦後の農地改革によって、寺院の経済的基盤は大打撃を被ります。

で、経済的基盤があることによって、僧侶は仏道修行に専念したり励むこともできるわけです。教理実践への研鑽もできたわけです。

時々「スピリチュアルや精神世界はお金儲けなんてダメ、清貧こそ正しい」みたいなことを言っている人がいますが、それは現実を無視した見方なんですね。

経済的な基盤があってこそ、精神的な修行や錬磨に没頭できるってものなんです。ここがおわかりでしょうかね?経済的に成り立ってこそ、精神的な修行もできるんです。

経済的基盤が脆弱な寺院は経済活動に走る

なので、この経済的基盤を、ごっそりと破壊されたならどうするか?

そりゃ、お坊さんといえども、ビジネスに走って、まずはメシのタネを獲得しなきゃならんでしょう。

これが戦後、寺院に広まった風潮です。だから、ますます僧侶の堕落が加速した。

日本の寺院崩壊は制度的な問題です。寺院の経済的基盤を揺るがし、不安定にさせているのが大問題。

原因は国の政策です。宗教は保護がありませんと、お金儲けに走らざるを得ない性質なんです。

経済性に走る宗教は新興宗教になる

で、寺院が自らお金儲けをしなければならなくなったため、本来の宗教的機能が衰え、この隙を狙って、戦後、新興宗教が隆盛になってきたわけですね。経済原理主義を根底に宿した宗教の台頭です。

で、新興宗教では、信者からお金を頂戴して、これを経済的な基盤にしています。信者をつなぎとどめ、安定してお金を取るために、アメとムチを使った霊感商法的なやり方も横行してしまうわけです。

今では、救いと恐怖で信者を縛るのは当たり前にもなってきています。このシステムが、小作人制度の代替にもなっているわけですね。

新興宗教には仏教寺院さながらの建物や教義もあります。決して仏教が、現代人に合わなくなってきたわけではないんですね。

寺院をとりまく制度に問題があるんです。これが、日本の寺院を崩壊に進めている最大の原因です。

お金(経済)の問題が寺院を衰退

お寺では、日々の飯の種を得ることが優先されてしまい、高尚なことや、スピリチュアルなことを、きちんと説ける人すら減っていく有様。

現在の金融制度がある以上、お金を抜きにして、物事を論じることはできないでしょう。

お金が寺院衰退の根源的理由といっても、タイやミャンマーのように国がお寺を保護していませんので、寺院は経済的問題が理由で衰退せざるを得なくなっています。

もちろん、税法上は宗教法人は優遇されています。固定資産税も無かったはずです。

けれども、そうした税法上の優遇を得るほど、充分な収入がない寺院がほとんどなんですね。真面目なお坊さんであればあるほど、貧困寺院が多いという現実。

商売っ気を出して、裕福なお寺は、絶対数からいえばそう多くはありません。で、こうした商売っ気の強いお寺が、税法上の優遇を巧みに利用しますので、たまに世間を賑わしてしまうことも出てくるんですね。

で、こういう事件が起きますと。ますます宗教のイメージも悪くなってしまいます。真面目に行っている宗教も、十把一絡げに見られてしまってダメージを受けてしまうでしょう。

テーラワーダ仏教を学んで在家型の仏教の構築を

あと近年では、テーラワーダ仏教が入ってきて、これが日本の寺院に打撃を与えています。

テーラワーダが依経としているパーリ経典こそが、ブッダ金口の経典であるとしています。

事情をよく知らない一般人は、これに納得し、日本の仏教はノックアウト。

しかしパーリ仏典がブッダの金口の教えといっても、果たしてどうかなという疑問もあります。伝承過程において、変容しているからですね。かならずしも正確に伝承されていません。

で、こうしたことも論破できないほど、日本の仏教は教義研究においても衰退しまった感があります。

本当にダンマがわかれば、テーラワーダ仏教の欠陥もわかるでしょうし、なんら恐れる必要もありません。むしろ、テーラワーダには現代社会に適応しがたい時代遅れの面があることもわかってくるでしょう。

いずれ日本のテーラワーダも壁にぶつかります。なぜなら欠陥がいくつかあるからです。そこを指摘する人も出てくると思います。そうして日本には在家型の仏教がふさわしいこが、自ずとわかるようになるでしょう。

日本の仏教寺院の問題はお金の問題

日本の仏教寺院の問題は、神仏分離令、農地改革による経済的基盤の打撃によってお寺の経営が悪化していったことがまず第一の理由です。

宗教法人の税制優遇は一部の寺院や新興宗教が享受しているに過ぎず、タイやミヤンマーのように国からの厚い保護もなく、自力で経済活動に走らざるをえないお寺には、お金の問題が付いてまわります。

こうしたお金の問題に加えて、時代遅れになった伝統や古い慣習、決まり事。鎌倉時代型のレトロ宗教は、令和時代には、もはや合いません。骨董品愛好家のような特殊な感性を持って人が、日本の旧型仏教に関心を示すくらいでしょう。

日本の仏教は、多くの課題や問題がありますが、これを打ち破るには、テーラワーダ仏教圏には無い在家型の仏教を構築するなど、新しい動きも必要になると思います。

そうして現代にあったスタイル、教えを提示していく必要があると思います。
本当の仏教の歴史~仏教史の真実と誤解